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愛宕の森と緑を守る会

愛宕山の危機(2)

保全地区は指定しさえすれば、40年近くも放置して良い?

 特別緑地保全地区内にある鐘道神社(大山祇神社)の祠を取り壊し、展望台を設置する工事について先に触れましたが、その際の市担当者(住宅都市局みどりのまち推進部)の対応には変遷がありました。当初、担当者は「そこは保全地区の範囲外で私有地だから問題は一切無い」というものでした。しかし福岡市自身が作成した図面でも明らかなように、この見解と書類とには明瞭な食い違いがあります。なぜそのような事が生じているかの説明を求めたところ、調べてみないと判らないというのが回答、また、それを調べるのに時間がかかるというものでした。この回答は、当初の「範囲外で問題ない」との見解を実質的に撤回したことを意味し、「大いに問題な」事例となります。問題点の第1は、自らの指定書類を確かめもせずに「問題ない」と断定したこと、第2は、なぜそのような違いが生じたかを指摘されてもすぐには説明できないこと、第3には、違法行為が行われたかどうかという重大な問題でありながら、調査に長い時間を要すること、すなわち市の書類管理に問題があるということです。さらには、指定書類や表示板が間違っていたのだとしたら、長年にわたって訂正を怠っていたという問題ともなります。これらの問題点をまとめてみれば、愛宕山が1976年に特別緑地保全地区指定されて以降(その後4回の指定変更手続が行われていますが)、40年近くにわたって必要な現状把握・保全管理がなされることなく、放置されてきたということではないでしょうか。緑地保全というのは地区指定すればそれで終わりというものではありません。都市緑地法の趣旨にもとづいた緑地保全と緑化推進の行政へと改まらないかぎり、愛宕山の豊かな緑は蝕まれてしまうでしょう。

歴史文化財が知らぬ間に行方不明?
 愛宕山最大の「行方不明事件」、愛宕山古墳消失については「愛宕山古墳」のページを参照して下さい。ここでは、その他の「事件」について触れることにします。
 ロープウェイ駅跡のある小山(音次郎稲荷神社の背後)の山頂部はやや平坦ぎみな広場になっており、桜の季節には隠れた花見スポットになっています。ここにはかつて鷲尾城(姪浜城)があったといわれています(「鷲尾城趾」のページ参照)。現在のところ、鷲尾城の存在を示すような遺物は残念ながら一切残っていませんが、その一番高い所に、ある時期までは須賀神社という祠が存在していました。この祠の建立やそのいきさつは定かではありませんが、樹に囲まれて人知れずひっそりと存在する姿はある種の風情がありました。それが、いつ、なぜ消えてしまったのか、まったく判っていません。このようなものが知らず知らずのうちに抹消されていっていいのでしょうか。何らかの「開発」の予兆でなければ良いのですが。

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